■黄金に満ちたインカ帝国

 ペルーは、今でも金の産出では5位あるいは6位くらいとランキングの上位に来ますが、やはり有名なのは黄金の帝国であったインカ帝国でしょう。もっとも、インカ帝国は、今の国境区画でいえば、ペルーだけでなくアンデス山脈沿いの複数の国にまたがる文化でした。

 マチュピチュの遺跡を最初に訪れた米国の大学教授ハイラム・ビンガム氏は、その正確な石垣に積まれた巨石の切り方の正確さなどを見て驚嘆したといいます。その正確性は、現在においても謎ですが、数学が発展していたこととも関連あると想像できます。それ以降、インカ帝国は多くの人によって研究されていきます。

 インカ帝国は、アンデス山脈に沿った複数の国にまたがっています。その遺跡は、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンにまたがっています。そして、そのインカの都市を結ぶ道路が整備されていたといいます。鉄器などは存在していなかったようですが、金を使った製品、財宝が見つかっています。南米でもっとも有名になった文化といえますが、鉄器がないのにもかかわらず、金を精錬、加工する技術を持っていたことは驚異的といえるでしょう。

■インカを滅ぼしたピサロとその後

 スペイン人のピサロが、200人足らずの人数で、何万にものインカ軍に戦いを挑み、インカは次第に弱体化していきます。インカの最盛期は、100年ほどといわれています。インカの皇帝は、黄金の財宝を示して命乞いをしたといわれていますが、最後には殺されました。そして、財宝はピサロたちに引き渡されました。ただ、その後の財宝の行方はよくわかっていません。

 インカは、先行するあるいは、並行して存在する文化を統合した複合システムの文化であることがわかっています。今では謎となっているワリ文化などもその一つです。複合システムの文化が、黄金文化を生み出していくわけですが、エジプトやその他の文明における発展とは異なった文化類型といえます。

 小規模ながら圧倒的な西洋の武器の前に、インカは滅亡への道をたどりますが、インカ帝国の残した足跡は、その黄金と同じく今も輝いている、といってよいでしょう。
 ペルーは、金の産出では上位にあります。そのペルーにはかつてインカ帝国があり黄金に満ちた文化を築き上げたことは未来永劫残るものと言ってよいでしょう。

■最後に

 エジプトやメセポタミヤの文明などは、その権力の富の集中によって黄金に満ちた帝国を作り上げました。時期的には、それらの文明よりは発展は遅かったにしろ、インカも異なった文明スタイルで黄金にあふれた文化を作り上げました。

 今では、マチュピチュの遺跡などで、その繁栄した時期をしのぶしかありません。しかし、その黄金に満ちた文化は、人類が共有できる叡智と遺産といえるでしょう。

 今回は、黄金に満ちた帝国インカ帝国について、と題してお話ししました。

(参考文献)
森本哲郎編 『驚異の世界史 黄金帝国の謎 インカ アステカ マヤ』文春文庫ビジュアル版 1986年12月10日初版(情報提供:SBIゴールド)(イメージ写真提供:123RF)