■信長、秀吉、家康の金

 これまで、信長、秀吉の金とのかかわり、江戸時代の統制などに言及してきました。信長にとっては、金は権力の象徴でもありながら、武器を調達する現実的な手段の意味合いが強いことをお話ししました。また、秀吉にとっては、やはり権力の象徴であると当時に、家臣団を統率するための分配手段の側面もあることも言及しました。

 このように考えると、金は社会構造の中で大変重要な役割を果たしていたことといえるかと思います。江戸時代に入ると、家康は、戦国の世から安定社会へのシステム構築に舵を切る一方、金に関する統制を敷き、金という資源を厳密に管理していきます。

 このような統制社会の下で、金は庶民の手からは隔離されたものとなっていってよい状況に置かれていきます。

■ターニングポイントとしての安土桃山時代から江戸時代

 上記のことから、武家社会における金の役割は、戦国の合理主義の手段から政府管理下の決済手段に変化していっていると考えられます。このことを、安土桃山時代から江戸時代にかけての金のターニングポイントかと考えます。

 金は、庶民の手には入らないものになりましたが、江戸時代の商品経済の発展、江戸時代の教育の高さが次の時代を作ってきます。明治になり、四民平等の社会になると民衆はいろいろなものを手に入れることができるようになります。金やプラチナもそうです。

 西洋列強に肩を並べるまで歴史的には紆余曲折がありました。高度成長期以降、日本は金やプラチナの需要でも重要な地位を占めるようになりました。こうした背景には、上記に述べてきた歴史の蓄積があったと想定できるといってよいかと考えます。

■最後に

 江戸時代の金にとっては厳しい時代においても、その後の民度の高さを誇る日本社会との下地が作られ、その後の金・プラチナにおける成熟した需要を持つ社会となっていきました。

 今後の日本における需要などを予想することは難しいとは言えますが、金・プラチナ需要においては、重要な地位を占めている日本の地位は大きくは変わらないであろうといってよいと考えます。

 信長、秀吉、家康の金とその後の金と題してお話ししました。(情報提供:SBIゴールド)(イメージ写真提供:123RF)