誰も知らない中国調達の現実-岩城真

 トランプ氏の大統領当選が決まり、その後しばらくすると急速にドル高円安が進んだ。もちろん、そのような短期的な為替変動以前に中国の人件費が上昇したことが、調達の国内回帰の原因とされている。確かに中国の人件費は上昇し、かつてのように中国サプライヤーから激安の見積が提示されるケースは減っている。筆者が中国調達を始めた2000年以降、原料安と為替変動以外の理由で、中国サプライヤーの見積価格が下がったケースは稀だ。つまり、習熟や工程改善による原価低減の成果は、皆無か、微々たるもので人件費の上昇が、それらをはるかに上回っている。品質管理や工程管理が向上しても、やはり価格上昇に追いついていない。

 ある外資企業の調達部長から聞いた話である。彼が知った古巣の財閥系企業の最近の様子は、かつて盛んに進めたはずの海外調達が、停滞どころか後退している。海外の調達環境は、既述のように悪化している。しかし、それ以上に変わってしまったのは、調達する側、つまりバイヤーが変わってしまったのだと嘆く。そのような指摘を聞くと、確かに筆者も思うところがある。調達が国内回帰したうひとつの理由を考えてみたい。

 海外サプライヤーとの取引は、依然として日本国内サプライヤーとの取引に比べると手間がかかる。日本国内のサプライヤーとの取引であれば、発注条件が決まり注文書を発行してしまえば、バイヤーの仕事の8割以上が終わったと考えてよい。発注後に品質問題でバイヤーが引っ張り出されることは少ない。また、納期問題も、泥沼となるようなことは稀だ。一方、海外サプライヤー相手となると、品質や工程の管理技術が向上したとは言え、発注してから本番の仕事が始まるといっても過言ではない。生産技術部門を引っ張り出し、品質保証部門とは、喧々諤々の議論に明け暮れ、最後に納期問題で、生産管理部門に頭を下げるといったことを覚悟しなくてはならない。「こんなサプライヤーを選んだのは誰だ!」と吊るし上げにあうことだってある。しかし、そんな苦労があっても、海外調達には、やるだけの価値があった、いや、現在でもあるのだ。しかし「そんな苦労はしたくない、そんな苦労はできない」というのが、昨今のバイヤーの主流になりつつある。

 海外調達の仕事は、イメージと裏腹に泥臭く、過酷な仕事だ。筆者の経験では、不具合部品の山を前にして、自ら部品の手直しをする羽目になることもあれば、1週間の予定の出張が3ヶ月に及んだこともあった。この状況は、既述のように現在変わっていない。PCを持ち歩く現在は、海外サプライヤーの現場に張りついていても、容赦なく日常業務のEメールが入ってくる。まさに24時間働かざるを得なくなる。このような海外調達の最前線は、今風に言うとブラック職場なのかもしれない。

 「発注した後に、終わりの見えない仕事に引きずりまわされるなんて勘弁して欲しい」――。この若いバイヤーの言葉がすべてを物語っている。海外調達拡大の原動力となっていたのは、昭和型猛烈サラリーマン最後の世代だったのかもしれない。“ワークライフバランス”や“8時間1本勝負”といったハードルを置かれてしまうと、何が起きるかわからない海外調達など任せられない。任せられる人材がいなければ、コストアップとなっても、国内調達に軸足を戻さざるを得ないのが現実だろう。

 経営方針をシュリンクする国内市場に合わせて縮小均衡とする企業は皆無である。拡大する海外市場へと軸足をシフトし、生産を拡大させる経営計画が、立案されている。(目論見通り海外販売を拡大させられるとは限らないが) 一方、日本国内のサブライヤーは、供給キャパもコスト低減も伸びシロがない。海外サプライヤーの活用は、不可欠なのである。

 今風に表現すると“バイヤーの草食化”とでも言うのだろうか。次代を担う若手バイヤーの草食化に憂いを感じるのは筆者だけだろか。