中国メディアの中華網はこのほど、「失われた20年」のなかで日本の「一億総中流社会」がどのように崩壊したのか、その経緯について説明する記事を掲載した。

 記事は1980年代における日本の経済状態に対するある大学教授の見解を紹介。日本の経済社会はリンゴのような形をしており、富裕層も貧困層も存在はしていたが多くの人は大体同じような中流の暮らしをしていたと説明した。

 しかし1990年代に入り、円高と輸入作物が農業従事者の収入を減少させ、また都市部においてもボーナスの減少が見られたと記事は指摘する。この時、日本の経済社会はリンゴのような形から上が小さく、下が大きいヤーリー(鴨梨)のような形に変化したと前出の大学教授は説明した。

 さらに記事は、2000年代に入ると、日本の経済社会はヤーリーから「砂時計」の形に変化したと説明。砂時計の砂粒は1粒1粒下に向かって落ちてゆき、落ちたら最後決して上には戻れない。この例えと同じように、当時は多くの大学生が卒業後にフリーターとして社会で出たが、満足できる生活水準を手にすることは非常に難しいのが現状であると指摘した。

 こうしたテーマについて考えるときに大切なのは、自分がどこから来て今どこに立っているかを確認したなら、次は「これからどうすべきか」あるいは「どうしたいのか」について考えることだろう。ある日本近現代史の研究者が悲観論に支配されるならその予言は自己成就する可能性があると指摘したがまさにその通りだ。

 フリーターとしての生活を楽しみながらも、老後の生活を安心して暮らすだけの収入や蓄えがないことに不安を感じる若い人は大勢いるだろう。では年齢的に活力のあるいま、例えば生活不安の中で暮らす高齢者のために個人としてできることを考えるのはどうだろうか。

 中国で数年前に「正能量」という言葉が流行したが、これにはポジティブ・エナジーの意味があり、人を奮い立たせ、力を与え、希望に満ちた様々な活動を表す言葉だ。日本の社会問題のために個人としてできることを考え、できると信じて実行するならその予言は自己成就するかもしれない。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)